復活へのあゆみ2

突然の脳幹出血発症から18年(2023年4月15日現在)復活への歩みの足跡

簡単なひらがなほど上手く書けない

右麻痺になってしまったので、どうしても左手で書かないといけない。病院のリハビリや夕食後の病院の食堂で、読む練習と書く練習をしました。読むことは、すぐに吃ってしまうし、書くことは、鉛筆✏️の持ち方から、どう持つのか?よくわからないのが正直なところです。鉛筆を持てるようになっても、今度は筆圧が力が出せないで困りました。いくら書いても、薄い文字らしきものしか書けません。それでも挫けず、復職という目的があるおかげで、常に前向きに練習できたことは、今振り返れば、ラッキー✌️だったと思います。もし、退職してから脳の病気になっていたら、あんなに熱心に読み書きして、努力しなかったでしょう。このブログを読んでいただいている脳の病気の本人は、多分ベッドの上だろうから、連れ合いさんやご家族などにアドバイスしたいことは、もし失語症とか片麻痺とか、思わぬアクシデントに見舞われたとしても、今の医学は、命は助けてくれる。あとは、残された身体機能をその本人の病状に沿って、世間一般の常識はリセットして、その本人の病状に沿って対策を考えて、リハビリすることだと思います。一般的なリハビリは、病院でやってくれるので、その時は出来るだけ頑張ってリハビリして、気長に同じことを繰り返し練習することです。他の人が見たら、同じことに見えても、本人には新鮮なリハビリなのです。それがいつしか実を結び、前より一歩進んだ姿が見える時が必ずきます。ボクの場合では、当時健在だった実父が毎日病室に来てくれて、寝ているだけのボクの右手をバンザイのように上げたり、素人ながら動かしてくれたのが、今、だんだん動くようになっていることです。どうやら父は、時々病室で手を動かしているPTに教えてもらって、動かしてくれていたようです。病状は人それぞれ違うので、あなたもやってみたら?とは言えませんが、病院で出会ったPTに、と言っても何のことかもわからない人が多いでしょうから、とにかく、病院で本人に何かやってくれている人を見かけたら、積極的に質問して、アドバイスをもらうべきです。仮に、相手がイヤがったら、質問の仕方が下手だったのか?素直に引き下がることです。しつこいと、病院を追い出されてしまうからです。そして、一番の薬は、時間です。焦らず、コツコツと、毎日毎日同じことを繰り返す、これが基本です。

ひらがなでいえば、簡単に思える字ほど、正しく書けないのです。い、という字は簡単だけど、正しく書けません。鏡に映した文字になっているのです。左右逆になっているのです。う、もそうです。わ、もそう。専門的には、鏡文字というらしいですが、初めて書く時には、多くの文字が、鏡文字になっていて、逆に書いてしまっているのです。それも、誰もが経験する通過点なので、焦らずに腐らずに頑張りましょう。